小学生から80代まで。「ごちゃまぜ」の場から何が生まれるのか|のと未来トークで考えた地域づくり

今回、能登を訪れた中で、足が止まった展示がありました。

そこに紹介されていたのが、「のと未来トーク」です。

2024年4月、能登半島地震から約3〜4か月後。輪島市、珠洲市、七尾市、能登町、穴水町、志賀町、そして金沢市で、「これからの能登をどうしていくか」を考える対話の場が開かれました。

参加したのは451人。

私が特に気になったのは、その人数ではありません。

小学生から80代まで参加していた。

この一文でした。

目次

なぜ「小学生から80代まで」が気になったのか

人の声を聞く場をつくろうとすると、どうしても対象を分けることが多くなります。

若い世代。
子育て世代。
高齢者。
地域ごと。
仕事や立場ごと。

もちろん、それが必要な場合もあります。

同じ立場だからこそ話しやすいこともありますし、特定のテーマを深く考えるには、対象を絞った方がいいこともあります。

でも、「小学生から80代まで」という言葉を見て、改めて思いました。

まちは、世代ごとに分かれて暮らしているわけではありません。

子どもも、働いている人も、子育てをしている人も、高齢者も、同じ地域で暮らしています。

だったら、ときには最初から分けずに、いろいろな人が一緒になって話す場所があってもいい。

私は、そんな「ごちゃまぜ」の場に、とても大きな可能性を感じています。

意見を集めることと、人が交わることは少し違う

それぞれの世代や地域から話を聞き、後から整理することはできます。

それはそれで大切なことです。

でも、それだけでは生まれないものがあります。

例えば、小学生が80代の方の話を聞くこと。

80代の方が、小学生が何を考えているのかを知ること。

地域活動に熱心な人と、これまであまり関わってこなかった人が同じ場所で話すこと。

そこでは、

「そんなことで困っていたんだ」

「そんな考え方があるんだ」

「それなら自分にも何かできるかもしれない」

そんな発見が生まれるかもしれません。

一人ひとりから話を聞くことと、人と人が直接交わること。

似ているようで、そこから生まれるものは少し違うのだと思います。

あわらサンドボックスで音楽をやる理由

考えてみれば、私が関わっている「あわらサンドボックス」の活動にも、似たところがあります。

なぜ音楽なのか。

もちろん、音楽そのものを楽しんでもらいたいという思いがあります。

でも、それだけではありません。

音楽なら、いろいろな人が集まれます。

年齢も違う。
仕事も違う。
地域との関わり方も違う。

音楽が好きで来る人もいれば、友人に誘われて来る人もいる。

出演者を見に来る人もいれば、たまたま駅前を通りかかった人もいる。

地域のことに関心がある人も、特にそうではない人もいます。

「地域について話しましょう」と呼びかけても来なかった人が、音楽なら来てくれるかもしれません。

そこに私は価値を感じています。

普段なら交わらなかった人たちが、同じ場所で同じ時間を過ごす。

まず、人が集まる。

そして、混ざる。

そこから何かが始まるかもしれない。

あわらサンドボックスで目指していることの一つは、そこなのだと改めて感じました。

防災も、本当は「ごちゃまぜ」で考えたい

もう一つ、最近取り組んでいる防災出前講座にもつながります。

地域の防災研修や区の行事を行うと、どうしても参加する人がある程度決まってくることがあります。

いつもの役員。
いつもの参加者。
防災に関心のある人。

もちろん、その皆さんの活動は地域にとって欠かせません。

ただ、実際の災害は、参加する人を選んではくれません。

子どももいます。

子育てをしている人もいます。

高齢者も、働いている人もいます。

防災に関心がある人も、ほとんど考えたことがない人も、同じ地域で暮らしています。

だからこそ防災についても、特定の人だけではなく、世代を越えて集まり、一緒に考える場があってもいいのではないかと思っています。

例えば同じ「避難」というテーマでも、立場によって見えているものは違います。

高齢者なら、

「自分は避難所まで歩いて行けるだろうか」

と考えるかもしれません。

子育て世代なら、

「子どもを連れて、どう避難すればいいのだろう」

と考えるかもしれません。

子どもから、

「学校にいる時だったらどうするの?」

という質問が出るかもしれません。

違う世代が同じ場所にいるからこそ、気づけることがあります。

「興味がある人」と「興味がない人」が混ざること

私は、この部分もとても大切だと思っています。

最初から地域づくりに興味がある人だけを集めれば、話は進みやすいかもしれません。

防災に関心のある人だけなら、もっと深い話ができるかもしれません。

でも、地域には、そのテーマに特別な関心を持っていない人も暮らしています。

だからこそ、

興味がある人も、ない人もいる場所をどうつくるか。

そこに面白さがあると思っています。

全員に同じ問題意識を持ってもらう必要はありません。

むしろ、ごちゃまぜだからいい。

考え方も違う。
関心も違う。
年齢も違う。

その違いがあるからこそ、自分にはなかった視点に出会えるのだと思います。

ごちゃまぜの中には、小さな「種」がある

人が集まれば、必ず何かが生まれるわけではありません。

何も起こらない日だってあると思います。

でも、その中には、ときどき小さな「種」があります。

何気ない雑談の中で、

「実はこんなことで困っている」

という話が出る。

「こんなことができたら面白いのに」

というアイデアが出る。

「それなら自分ができるよ」

という人が現れる。

本人にとっては、ただの一言かもしれません。

その場では、誰も気に留めないような話かもしれません。

でも、その一言から何かが始まることがあります。

だから私は、できるだけその小さな変化を見逃さないようにしたいと思っています。

チャンスを逃さないために

「ごちゃまぜの場をつくれば、それでいい」

という話ではありません。

むしろ大切なのは、その先なのだと思います。

人が集まり、交わり、その中から何かが生まれたとき。

その一言を聞き流さない。

「面白いね」で終わらせない。

そこにある可能性を見つけられるか。

必要なら、もう少し話を聞く。

調べてみる。

誰かと誰かをつないでみる。

一緒に考えてみる。

そうやって、せっかく生まれた小さなチャンスを逃さないように心掛けたいと思っています。

分けて話す場も、ごちゃまぜの場も

もちろん、何でもごちゃまぜにすればいいとは思っていません。

特定の地域だからこそ話せること。

同じ世代だからこそ話しやすいこと。

同じ悩みを持つ人同士だから深く話せることもあります。

そうした場も必要です。

一方で、世代や立場を最初から分けず、一緒に過ごし、一緒に話す場所もつくる。

どちらか一方ではなく、両方があっていい。

「のと未来トーク」の展示を見ながら、そのことを改めて考えました。

想いを、形に変えられるか

小学生から80代まで。

なぜこの言葉が、これほど心に残ったのか。

それは、自分がこれまで続けてきた活動の中で、何となく感じていたことと重なったからだと思います。

音楽をきっかけに人が集まる。

防災をきっかけに世代を越えて話す。

普段なら出会わなかった人たちが交わる。

そこから何かが生まれる。

すぐに大きな成果にならなくてもいい。

最初は、ほんの小さな一言かもしれません。

でも、その一言を見逃さないこと。

チャンスを逃さないこと。

そして、そこで生まれた誰かの想いやアイデアを、どうすれば形に変えられるのかを考えること。

その想いを、形に変えられるかどうか。

せっかく生まれた小さな種を見逃さず、必要な人につなぎ、できることを一つずつ形にしていく。

そこまでできるかが、私自身に問われていることなのだと思っています。

ごちゃまぜだからこそ生まれるものがある。

私は、そこに本当の価値があるように感じています。

これからも、そんな場所をつくりながら、そこで生まれる小さな「種」を見逃さないようにしていきたいと思います。

  • URLをコピーしました!
目次