記憶をつなぎ、次の悲しみを少しでも減らすために|熊本地震 震災ミュージアムKIOKUで学んだこと
熊本県南阿蘇村にある「熊本地震 震災ミュージアムKIOKU」を訪れました。
以前から一度訪れたいと思っていた場所で、約3年越しで、ようやく足を運ぶことができました。
ここには、平成28年熊本地震の記憶や経験、そこから得られた教訓が残されています。
展示されている被災物や写真。
地面に残された断層。
大きく傷ついた旧東海大学阿蘇キャンパスの建物。
実際にその場所に立つことで、写真や映像だけでは分からない地震の大きさを感じました。
しかし、今回私の心に最も残ったのは、壊れた建物でも、大きくずれた地面でもありませんでした。
一枚の案内板に書かれていた言葉でした。
「あの日、学生村の若者たちはどのように行動したのか?」

旧東海大学阿蘇キャンパス周辺には、当時、多くの大学生が暮らしていました。
案内板には、
「あの日、学生村の若者たちはどのように行動したのか?」
という問いが書かれていました。
本震のあと、建物内に取り残された学生もいる中で、無事だった学生たちは、自発的に地域住民の救出や避難所の運営などにあたったそうです。
自分たち自身も被災しています。
怖くなかったはずがありません。
それでも、目の前に困っている人がいる中で、自分にできることを考え、動いた若者たちがいました。
この言葉を見ながら、私は考えました。
災害が起きたとき、私ならどう動くだろう。
そして、私たちの地域では、誰がどのように動くだろう。
地震の力が、そのまま残されている

施設の周辺には、熊本地震によって生じた地表の断層が、そのまま保存されています。
普段、私たちは「断層」という言葉を地図や資料の中で見ることはあります。
しかし、実際に目の前で地面がずれている姿を見ると、その受け止め方は大きく変わります。
地震は建物を揺らすだけではない。
私たちが立っている地面そのものが動く。
分かっているつもりでも、実物を前にすると、その力の大きさを改めて感じます。

建物にも、当時の傷が残されています。
壁には大きな亀裂が入り、建物全体に地震の力が加わったことが分かります。
きれいに修復してしまえば、その場所で何が起きたのかは、やがて分からなくなっていきます。
あえて残す。
そこにも、大きな意味があるのだと思います。
阿蘇大橋に残る記憶

【写真:熊本地震で崩落した阿蘇大橋の鉄骨】
熊本地震によって崩落した阿蘇大橋の鉄骨も展示されていました。
現在は新しい橋や道路が整備され、地域の暮らしは前へ進んでいます。
しかし、新しくなったものだけを見ていると、その前に何があったのかを知ることはできません。
復旧すること。
新しく造り直すこと。
そして同時に、何が起きたのかを残していくこと。
その両方が必要なのだと感じました。
町の中にも残っていた地震の爪痕

【写真:山肌に残る復旧・防災工事の跡】
KIOKUや震災遺構だけに、熊本地震の記憶が残されているわけではありませんでした。
移動中に町の風景を眺めていると、山の斜面には大規模な復旧・防災工事の跡が今も残っています。
青い空。
緑の山々。
現在の阿蘇だけを見れば、とても穏やかな風景です。
その中に、地震によって傷つき、その後長い時間をかけて復旧してきた跡が残っていました。
災害は、発生した瞬間だけの出来事ではありません。
そこから何年もの時間をかけて、地域は少しずつ暮らしを取り戻していく。
現地を歩き、町の風景を見ることで、そのことも感じました。
記憶を残すのは、過去を見るためだけではない
今回、KIOKUを歩きながら、私が最も考えたのは、
なぜ災害の記憶を残すのだろう。
ということでした。
怖かった出来事を、いつまでも思い出すためではないと思います。
あの日、何が起きたのか。
人はどのように動いたのか。
何ができたのか。
何ができなかったのか。
そして、そこから何を変えてきたのか。
一つ一つを記録し、次の世代へ伝えていく。
その記憶を受け取った人が、次に災害が起きたとき、
「あのとき、こういうことがあった」
と思い出すことができる。
それによって、一人でも助かる人が増えるかもしれない。
避けられる悲しみがあるかもしれない。
私は、
記憶をつなぐことによって、次の悲しい思いを少しでも減らしたい。
そのために、災害の記録や教訓を残していくのではないかと思います。

海外から訪れる人たちの姿も
館内では、海外から訪れていると思われる方々の姿も見かけました。
熊本地震の記憶に、日本以外から来た人たちも触れている。
その光景を見て、私は少し嬉しい気持ちになりました。
どのような思いでここを訪れたのかは分かりません。
観光の途中なのかもしれませんし、日本で起きた災害について知りたいと思って来られたのかもしれません。
もしかすると、熊本や日本を応援したいという気持ちもあるのかもしれない。
そう考えると、ありがたいことだなと思いました。
災害の記憶を地域だけで抱えるのではなく、多くの人に知ってもらうこと。
それもまた、記憶をつないでいく一つの方法なのかもしれません。

防災は、物を備えることだけではない
防災というと、食料や水の備蓄、避難所、防災設備、情報伝達など、「物」や「仕組み」に目が向きます。
もちろん、どれも大切です。
しかし今回、
「あの日、学生村の若者たちはどのように行動したのか?」
という言葉を見て、改めて感じました。
最後に地域を支えるのは、人なのだということです。
自分の地域で災害が起きたとき、自分に何ができるのか。
誰かの指示を待つだけではなく、自分で考えて動くことができるのか。
そして、そのためには災害が起きてから初めて考えるのではなく、普段から地域の中で人と人がつながっていることも大切なのだと思います。
若い世代が地域とどう関わるのか。
災害時にどのような役割を担えるのか。
私たちの地域でも考えていきたいテーマです。
記憶を、次の備えへ
KIOKUという名前の通り、この場所には熊本地震の「記憶」が残されています。
建物。
断層。
被災物。
写真。
そして、あの日そこにいた人たちの行動。
それらを残しているのは、熊本地震を過去の出来事として保存するためだけではないと思います。
次に同じような災害が起きたとき、少しでも被害を減らすため。
一人でも多くの命を守るため。
そして、悲しい思いをする人を少しでも減らすため。
過去の災害から学び、その記憶を次へつないでいく。
記憶をつなぐことも、防災なのだと思います。
今回、現地で見たこと、聞いたこと、感じたことを、自分の中だけにとどめない。
そして、私たちの地域の防災・減災を考える中にもつなげていく。
これからも現場で学びながら、災害の記憶と教訓を次へつなぐことについて考え続けたいと思います。




