何度でも立ち上がる|熊本城・加藤神社で考えた「守る」ということ
熊本城を望む加藤神社を訪れ、宮司さんからお話を伺いました。
加藤神社は、熊本城を築いた加藤清正公をお祀りする神社です。
熊本城を間近に見るこの場所で、10年前の熊本地震のこと、今回の地震のこと、そして文化財を守りながら復旧していく難しさについて、直接お話を聞くことができました。

【写真:加藤神社正面】
話を聞きながら、私の中に残った言葉があります。
「守る」とは、どういうことなのだろう。
元に戻すことなのか。
昔の姿をそのまま残すことなのか。
次の災害に備えて、より強くすることなのか。
熊本城と加藤神社を前に、その意味を考える時間になりました。
10年前の熊本地震を経験して
平成28年熊本地震から10年。
宮司さんのお話からは、あの地震を経験したからこそ取り組んできた備えがあることが伝わってきました。
加藤神社でも、前回の地震を受け、安全面を考えながら社殿などの整備が進められてきたそうです。
今回の地震では、そうした備えによって大きな被害を免れた部分もあったと伺いました。
災害を経験する。
復旧する。
そして、次の災害に備えて強くする。
その積み重ねが、実際に次の災害で結果として表れる。
防災を考える上で、とても大切なことだと思います。

【写真:加藤神社内部・天井画】
10年前に見えていた石垣の変化
一方で、熊本城の石垣について印象的なお話がありました。
10年前の熊本地震の際、石垣の一部に「膨らみ」が見られていた場所があったそうです。
そして今回の地震では、そのような場所の一部が崩れたとのことでした。

【写真:崩れた石垣】
この話を聞いて、考えさせられました。
災害が起きたあとに、壊れたところを直すことはもちろん大切です。
しかし、本当の備えとは、
「まだ壊れてはいないけれど、危険の兆候が出ている場所をどうするのか」
というところまで考えることではないでしょうか。
異変を見つける。
記録する。
危険性を評価する。
そして必要なら、次の災害が来る前に手を打つ。
被害が出てから対応するだけではなく、被害が出る前に何ができるのか。
そこまで考えて初めて、災害の経験が次の備えにつながるのだと思います。
一つ一つの石を、元の場所へ
復旧現場には、一つ一つ番号が付けられた石が並んでいました。

【写真:番号が記された石が並ぶ復旧現場】
この光景は、とても印象に残りました。
石垣は、崩れたから新しい石を積めばいいというものではありません。
一つ一つの石が、熊本城の歴史を構成する大切な文化財です。
どこにあった石なのかを記録する。
一つずつ確認する。
できる限り元の石を生かしながら、再び積み直していく。
その光景からも、文化財を次の世代へ残すために必要な時間と手間の大きさを感じました。
早く直すことだけを考えれば、もっと簡単な方法があるのかもしれません。
しかし、それでは熊本城の歴史そのものを失ってしまう可能性があります。
時間をかけてでも、受け継いできたものを残す。
文化財を守るということの重さを、現場で感じました。
文化財を守る難しさ
熊本城の復旧には、もう一つ大きな難しさがあります。
それは、熊本城そのものが大切な文化財であることです。
石垣も、建物も、ただの構造物ではありません。
長い時間をかけて受け継がれてきた歴史そのものです。
当然、一つ一つを大切に保存し、次の世代へ残していかなければなりません。
しかし同時に、人の安全も守らなければならない。
ここが非常に難しいところです。
文化財だから、そのまま残せばいい。
危険だから、すべて新しくすればいい。
そんな単純な話ではありません。
歴史的な価値をできる限り残しながら、安全性をどう高めるのか。
昔から残る材料をどこまで生かすのか。
補強をどのように行うのか。
再び災害が起きたとき、人を守ることができるのか。
一つ一つ判断しながら復旧していかなければなりません。

【写真:熊本城の復旧現場全景】
「残すこと」と「強くすること」
これは熊本城だけの話ではないと思います。
全国には、たくさんの文化財があります。
神社や寺院。
歴史的な建物。
石垣。
地域に残るさまざまな文化資産。
あわら市にも、次の世代へ残していきたい地域の歴史や文化があります。
文化財を守るというと、
「昔の姿をそのまま残す」
というイメージを持つかもしれません。
もちろん、それは非常に大切です。
しかし災害が繰り返される中では、
「どう安全に残すのか」
という視点も必要になってきます。
文化財を守る。
人の命も守る。
そして、次の世代へ受け継ぐ。
この三つをどう両立していくのか。
簡単な答えはありません。
だからこそ、現場で実際に起きたことから学び続ける必要があるのだと思います。
何度でも立ち上がる熊本
宮司さんのお話の中では、熊本の人たちの強さについても触れられていました。
10年前に大きな地震を経験した。
復旧し、少しずつ前へ進んできた。
そして今回、再び災害に見舞われた。
それでも、また立ち上がろうとしている。
加藤清正公を祀るこの場所でお話を聞いていると、その姿勢が熊本という土地に長く受け継がれてきたもののようにも感じました。
何があっても、もう一度立ち上がる。
今回、熊本を訪れる中で、その強さをさまざまな場所で感じています。

【写真:加藤神社から望む熊本城】
熊本に来てほしい
そして、今回ぜひ伝えたいことがあります。
熊本に来てほしい。
被災地への支援というと、
寄付をする。
支援物資を届ける。
ボランティアに参加する。
そうしたことを思い浮かべる方が多いと思います。
もちろん、どれも大切な支援です。
しかし、復興支援の形はそれだけではありません。
熊本へ来る。
熊本城を見る。
加藤神社を訪れる。
熊本のものを食べる。
宿泊する。
お土産を買う。
現地の人と話をする。
そして、今の熊本を知る。
それも大切な支援の一つだと思います。
「被災地だから行かない」ではなく
災害が起きると、
「今は行かない方がいいのではないか」
と思うことがあります。
もちろん、危険な場所や、復旧活動の妨げになる地域へ無理に行くべきではありません。
現地の情報を確認し、安全を最優先にすることは大前提です。
しかし、安全が確認され、受け入れが行われている地域まで人が来なくなってしまえば、観光や飲食、宿泊、地域の商売にも影響が広がります。
被害がなかった場所まで人が来なくなる。
営業できる店にも客が来ない。
宿泊施設のキャンセルが続く。
そうなれば、災害そのものとは別の形で、地域の経済が傷ついていきます。
だからこそ、
「被災地だから行かない」だけではなく、「行けるところには行く」
という考え方も大切なのだと思います。
来ること、知ること、伝えること
私自身、実際に熊本へ来てみなければ分からなかったことがたくさんありました。
ニュースでは被害の大きな場所が映ります。
もちろん、それを知ることは大切です。
しかし現地へ来れば、それだけではありません。
復旧している場所がある。
通常の生活が戻っている場所がある。
懸命に商売を続けている人がいる。
また来てもらおうと頑張っている人がいる。
そして、何度でも立ち上がろうとしている人たちがいます。
熊本に来る。
熊本を知る。
熊本でお金を使う。
そして、
「熊本は今こうだったよ」
と誰かに伝える。
それもまた、一つの復興支援になるのではないでしょうか。
復興支援には、いろいろな形がある
今回の熊本では、さまざまな支援の形を目にしています。
現場で汗を流す人がいる。
専門的な立場から支援する人がいる。
制度を変えようとする人がいる。
寄付をする人がいる。
物資を届ける人がいる。
そして、熊本を訪れる人がいる。
どれか一つだけが正解なのではありません。
それぞれが、自分のできる方法で関わる。
それが、長い復興を支えていくのだと思います。
「守る」ということ
熊本城と加藤神社を前に、今回改めて考えたのは、
「守る」とは何か。
ということでした。
文化財を守る。
人の命を守る。
地域の暮らしを守る。
観光を守る。
地域経済を守る。
そして、歴史を次の世代へつないでいく。
どれか一つだけではありません。
10年前の経験を生かして、強くなったものがあります。
その一方で、10年前から見えていた課題が、今回の地震で表れた場所もあります。
災害の経験を記憶として残すだけではなく、次の備えへ変えていく。
昔から受け継いできたものを大切にしながら、必要なところは強くしていく。
そして地域の外からも、人が訪れ、応援し続ける。
それも含めて「守る」ということなのかもしれません。
今回、宮司さんから直接お話を伺い、熊本城を目の前にしながら、その言葉の意味を改めて考えました。
そして私自身も、ここで学んだことを自分の地域へ持ち帰り、
「私たちは、何を守り、どう次の世代へつないでいくのか」
考え続けたいと思います。

